心の唄

心が折れそうになった。  胸が張り裂けそうだった。 

むなしさなのか、儚さなのか、苛立ちなのか、はらはらと、ふつふつと、もんもんと・・・。

弱い、まだまだ精神にムラがある。 心に邪念や隙がある。 ぶれてしまいそうになった。

放り投げてしまいそうだった。  激情に付き合い本能が出てしまいそうになった。

少しはこれまでの人生経験が生かされたか。  失いかけた我を心の中でグッと掴み、噛み潰した。

たくさんの考え方があり、それはひとつにならなくていい。 

それは、価値観、理念、理論、表現、言語、思想、宗教、そして子供の幸せを願う考え方も。

子供の幸せを願う考え方、それは親の数ほど、子供の数ほど、教育者の数ほど、億といっていいほど。  

どれをとって本物か偽者かなどない。  

たくさんの人との出会いや、学ぶことを繰り返し、そしてそれらを加味して創っていくものだと思う。

それでも全ての子供に適した幸せの考え方などひとつにはなり得ない。

同じ子供は一人としていないから。  時代背景や社会や経済も、当然毎年違うのだから影響も大いにある。 

価値観、理念、理論、表現、言語、思想、宗教、そして子供の幸せを願う考え方。

何かの指針に添って皆が右倣えすることだけでもない。  

かといって反抗することやデモやテロが表現でもない。

水と油の議論は交わることのない平行線でしかない。

例えどちらかが説き伏せたとしても、互いにいい思いはしないだろう。

大概は理解したふりをして後で舌を出すようなものだったりする。

相手の否定論を肯定すべく話す言葉は、相手にとってみればただの屁理屈や言い訳にしか聞こえない。

わかっている。  頭ではとっくにわかっている。  心が弱いのだ。 心身が理解に伴なっていない。 

あるのは・・・、私があるべき姿は我慢。 我慢あるのみ。

いくらでも恥をかいていこう。  孤独を恐れぬ勇気を持つ。  そう決めたじゃないか。

なにを今更振り返る・・・、 そもそも、もともとブレーキの壊れた自転車を漕ぎ出したのはおれじゃねえか。

腰が引けてる。  自分でもそれが良くわかる。  一人になる恐怖が拭い去れてない。

人のほどこしや情けを物乞いしているような自分が言い訳がましく惨めに見える。 

どことなく評価、賛同、同調や、同士を募り、伏線や身の保全を意識しているような自分に虫唾が走る。

覚悟が足りねぇ。  まだまだ・・・、いや、ぜんぜん届きやしねぇやこれじゃ。

知った風な口を利いているおれがいる。  

図に乗らないような話をしていたくせに調子付いてんのは他ならぬおれじゃねぇか。

指導の何たるかを知らぬ弱き者の私に、苦言を呈してくれる方々に感謝をしろ。

心身共に修行が足りない。

わが師、 外山先生。  今、少しだけ先生の歩んで来られた何十年の指導の道程が見えてきました。

どれだけの恥と苦労を重ねてここまでやって来られたのかと。

私はまだ救いがあります。 一緒に泣いてくれる選手や理解ある保護者の温かい声援。

そして私の不甲斐ないために恥をかき、選手のために汗をかく、声が出なくなるほど叫んでくれる

最高のスタッフに助けられ、孤独を免れているようです。

それだけに、情けなくて情けなくて、心が折れそうに、胸が張り裂けそうになってしまいました。

先生・・・、先生の 『 ばかやろうっ!!負けんなこの野郎!! 』  ってあの強烈なビンタが今ほしいです。

強がることをやめます。  私は強くなります。

押し耐え忍びます。     押忍。

・・・何があったわけではないのですが、ふと昨日ブログを読み返して見ました。

私の中にある私への甘えや驕った気持ちを唄にしてみました。

お聞き苦しい唄を 大変すいませんでした。

Published on 2010.12.13 at 14:08 by Sendai FC Staff

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